山本聡子さん(30歳)
今回訪れたのは、ニュージーランドのワーキングママ達を支える、3ヶ月~5歳児を預かる保育所「Bear park」。思った以上に大きな保育園では、赤ちゃんから子供までが泣いたり、笑ったりの大騒ぎです。そんな中、慣れた手つきで赤ちゃんをあやしている日本人女性、山本聡子さんがいらっしゃいました。
Q:ニュージーランドに来たきっかけを教えてください。
日本では5年間、保育園で働いていました。初めに、「海外の保育園を見てみたいな。」と思ったのがきっかけです。もともとオセアニアが好きで、オーストラリアには旅行で2回訪れたことがあり、次はニュージーランドに行ってみようと思いました。
しかし、全然英語が話せなかった私がニュージーランドの保育園を訪れるためには、まず初めに英語を勉強しなければなりませんでした。そして、学生ビザで6ヶ月間語学学校に通うことにしたのです。
語学学校が終了した後、「子供と関わるボランティアがしたい」と、その時ホームステイしていた家のホストマザーに話していたら、自分の娘が通う小学校にかけあってくれて、スクールホリデー中に子供達を預かり、色々なところに連れて行く「Barnardos」と、学校後に3時間ほど子どもたちをあずかる「学童保育」のようなところでボランティアをすることになりました。
Q:保育園で働くことになったいきさつを教えてください。
そのボランティアでお世話になった人が、「働くことができるビザをとってきたら、お金を払えるのだから、取ってきなさい・・・」と言ってくれたので、日本に帰ってワーキングホリデービザをとり、ニュージーランドに戻ってきました。
学校でしばらく働いていると、またまたホストマザーがローカル新聞に載っていた「保育者派遣会社」を見つけてきてくれました。この会社は、どこかの保育所でスタッフが病気で休んだ時や、スタッフが足りない日などに、その日1日だけ人材を派遣するのです。
登録は、Qualified(資格有り)とNon-Qualified(資格なし)の枠があり、残念ながら日本での保育士の資格はニュージーランドで認められないため、私はNon-Qualifiedの枠で面接を受け、登録することになりました。そうしていろんな保育園に派遣されて働くようになったのです。この派遣会社で働くことで、私はたくさんの保育園を見てまわることができ、とても勉強になりました。ニュージーランドに来る前に「海外の保育園を見てみたい」と思った夢が叶ったのです。
英語での慣れない環境で一所懸命働くうちに、2つの保育園から「専属のReliever(欠員用補助スタッフ)になってほしい。」というオファーがありました。つまり、ここの保育園が補助スタッフを要求したときには、必ず、私がRelieverとして、くるように手配してくださいということです。私が専属Relieverになるということは、保育所は派遣会社に追加料金を払わなければならないのです。この時は、自分の頑張りが認められたように感じました。
そのオファーのあった保育所のひとつが今の「Bear Park」です。
順調にことが運んでいましたが、そろそろ派遣会社で働き始めて3ヶ月が経とうとしていました。ワーキングホリデービザでは1つの会社で3ヶ月以上働くことはできません。「どうすることがBestなのだろう」と思っていたら、ホストマザーから「今の保育園に『雇ってほしい』とオファーしてみたらどう?」というアドバイスを受け、Bear Parkにかけあってみました。するとあっさりとOKをもらうことができ、Bear Parkの正式なスタッフとして働くことになったのです。
その後ワークビザをサポートしてもらい、つい最近ニュージーランドの永住権も取得することができました。
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Q:英語環境での保育所のお仕事についてお聞かせください。
「英語」で失敗したことは多々あります。そのうちの1つですが、
Bear Parkでは「赤ちゃんクラス」と「プレスクールクラス」に分かれているのですが、ある日私は「赤ちゃんクラス」にかかってきた電話をとりました。園児のお母さんからで、「うちのジョーダンは来ていますか?」と聞かれました。ジョーダンは来ていなかったので、「今日は来ていませんよ。どうしてですか?」と尋ねると、「夜勤で遅くまで働いていて、今日会っていないので。」とのことでした。そのまま電話を切ったのですが、その後、ジョーダンのお父さんが来て「うちの子が来ていないって?」と大騒ぎになりました。
実はジョーダンは「赤ちゃんクラス」と「プレスクールクラス」に1人ずついて、そのお母さんが私に尋ねていたのは「プレスクール」の方のジョーダンだったのです。
お母さんが「赤ちゃんクラス」にかけてきたことも間違いの発端でもあり、ヘッドティーチャーは、「今回のことはあなたのせいではないし、私たちでも間違え得ることだから気にしないで。」と言ってくれましたが、私がお母さんの名前をよく聞き取れなかったことや、ちゃんと確認しきれていなかったことも騒ぎを大きくしてしまった一因だと思い、とても反省しました。
あと、初めは専門用語が分かりませんでした。「おしゃぶり」とかが分からず、「そこの”Dummy“とってくれる?」と言われて「ああ、おしゃぶりのことをDummyっていうのか~。」などの繰り返しです。今思い返してみると、スタッフミーティングでの内容も初めは「一体何を話していたんだろう?」というぐらい理解していませんでしたね。でも、“子供を預かる”という責任ある仕事なので、いいかげんにはできません。分からないことは常に聞き返し、覚えるべき単語は書き写していくように努力していくうちに、英語は伸びていったように思います。やはり、「仕事」で英語を話すと違いますね。
今でも英語に対しては「まだまだ」ですし、ネイティブのスタッフと比べるとハンデや壁があるように感じることもあります。でも、私が信じているのは、「子供たちはわかる。」ということです。いくら親の前でいいスタッフとして話ができなくても、一緒に遊んでいる子供が最初に私の名前を覚えて呼び出したり、家で私の話をしてくれたりすることでゆっくりと親にも伝わっていくはずと思っています。
1年くらい前から、親からベビーシッターを頼まれるようになりました。「うちの子はあなたのこと好きなのよ、だからベビーシッターお願いしてもいい?」と言ってもらい、そうやって少しずつでも周囲に認められていくことは本当にうれしく思います。
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Q:これからの目標があれば教えてください。
私は子どもの臨床心理士になりたいという思いがあります。臨床心理士とは、臨床心理学の知識や技術を用いて心理的な問題を取り扱う「心の専門家」のことです。日本で働いていた時、お母さんから虐待を受けている子供をケアしたことがあり、その時に出会った臨床心理士の先生に「私、もうどうしたらいいのか分からないんですけど・・・」と相談したことがあります。すると、「この子は4歳だけれど、1歳だと思って保育してみたらどう?」アドバイスがありました。その言葉で、私は気持ちがすっと軽くなって、うまくその子と付き合えるようになったのです。そんな小さな一言でも変わっていくことがあるのです。
その時、私も臨床心理士になって、「先生のように現場の手助けができるようになりたい」と思いました。現場を知らない臨床心理士が多いと聞きましたし、その逆で心理学の分野までは分からない保育士も多いです。今、私は日本と海外の現場を経験することができたので、次は「心理学」の分野を学び、総合的な子供のケアができるようになれれば、と思っています。
臨床心理士になるには、大学院を出なければならないので、長い道のりになりますが、ニュージーランドにいながら通信教育を受けられるかどうか考えているところです。
日本と海外の幼児教育の現場を知り、次は臨床心理士にチャレンジしたいと語る聡子さん。いつか、近い将来子供のスペシャリストとして、社会から必要とされる存在になりそうですね!応援しています!
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留学したい女性へのメッセージ 私の場合は、自分の「好きなこと」「やりたいこと」をその時その時、感じたままに選択してきました。何かを決断しなければならない時は、「このチャンスを逃したら自分はどう思うか」などを自分に問いかけたり、ホストファミリーや友達など周りの人の話もよく聞いて、いろんな人の声に耳をかたむけます。最後はもちろん自分で決めるんですけれど。 日本の場合、わりと先のことを見据えて今やらなければならないことを考える習慣があるように思います。例えば、日本の保育では「おむつがこの歳までにとれたほうがいい、はさみがこの歳までに使えるようになるといい」という年間目標があったりします。もちろんこの考え方も大事で、いいところもたくさんありますが、ニュージーランドの保育の場合は「今、この子が“楽しい”と思って過ごしていることが大事。興味を持ったときが伸ばすとき」だと考えます。この考えは、私自身の考えととても近いと感じている部分です。 留学を考える方も、「今やりたいこと、今楽しいこと」を感じながら、自分が求めていることにアンテナをはって、自分で自分の興味を伸ばしていくと、自然と次のことも見つけられるのではないでしょうか。 |









